歴史

慶尚道とは現在の慶尚南・北道を合わせて呼んでいる名称で、「慶尚」という地名は、高麗時代のこの地方の代表的な地域であった慶州と尚州の2つの地域の頭文字をとって作った合成地名です。

995年(高麗成宗14年)9月、初めて全国を10の道に分割した際、尚州に属した地域を嶺南道、金州(現在の金海)に属した地域を嶺東道、晋州に属した地域を山陽道としました。

慶尚左道と慶尚右道は、朝鮮王朝時代に慶尚道地方を東西に分けた時に呼んだ行政区域の名称である。

1407年(太宗7年)9月、軍事行政上の便宜上、慶尚道を左道と右道に分け、洛東江の東側を慶尚左道、西側を慶尚右道としました。

慶尚南道が現在の行政区域の名称として登場し確定したのは、朝鮮王朝時代末の1896年(高宗33年、建陽元年)8月4日、勅令第36号により地方制度管制などを改正され、従来の23府を13道に改編して、慶尚道を南・北2つに分けた時です。

慶南クロニクル

  • 三韓時代 : 北部は辰韓に属し、南は弁韓に属す。
  • 伽倻時代 : 金官伽倻を含む六つの伽倻が存在。
  • 三国時代 : 新羅で眞興王が就任した24年に、新羅の土地となる。
  • 高麗時代:睿宗が就任した第一年に初めて慶尚晋州道と命名(1106年)、忠肅王が就任した第一年に慶尚を初めて慶尚道と命名(1314年)。
  • 朝鮮時代:1896年8月4日に慶尚道から慶尚南道を分離し、道庁の所在地が晋州となる。
  • 1925年4月1日、道庁の所在地を晋州から釜山に移動。
  • 1963年1月1日、釜山が慶尚南道から分離(中央政府直轄の釜山市に昇格)。
  • 1983年7月1日、道庁の所在地を昌原に移動。
  • 1997年7月15日、蔚山市が慶尚南道から分離(蔚山広域市に昇格)。

최종수정일 : 2017-12-02

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