犠牲に耐える

犠牲に耐える

部下たちを励ましたこの言葉から国のために死を恐れないで喜んで命を捧げるという犠牲精神を土台に置いていることが分かる。陸戦では戦場で自軍が多くの被害を被る場合が多かったが、李舜臣が指揮する海戦では連戦連勝と共に微々たる被害だけを出したのも、もしかしたら朝鮮水軍が犠牲に耐える精神で戦いに臨んだからだろう。

李舜臣は白衣従軍する途中に母を失う悲しみを体験し、統制使に再度任命された後には息子を失う苦痛を味わい、その苦しさは到底表現しつくせなかっただろう。だがこのような胸の痛い試練にも不屈の勇気と忍耐で、ただ敵を倒して国を救うことだけに最善をつくしたのだ。さらに戦場でも夜になると兵士たちを休息させて自分は矢を手入れしたり、苦しいことは率先して行った。

このように忠武公は自分の困難が部下たちの苦痛には及ばないと考える、部下を愛する真の犠牲精神を見せた。